エンマ様の通信簿

第2章

僕が見たあの世に行く人たち

エンマくんは、神さまの世界から人間世界に行く人たちを目の当たりにします。
みんなが人間世界に行く理由に、エンマくんビックリ!

(声の出演 エンマくん:VOICEVOXずんだもん、神さま・加奈ちゃん・エルちゃん:VOCEPEAK)
音声はダウンロードもできますよ!

神さまの世界はみんなの故郷だったんですね。
それなのに、僕ったら、「僕は選ばれてきたんだー!」 だって。
勘違いもひどすぎ! 本当に面白いよね、僕って。
なんて愛おしいやつなんだ・・・なーんてね。

あー、それにしても幸せだ。
すべてが愛おしい! ありがたさで一杯!
もう、ウキウキして自然に踊っちゃう!
ここが僕の故郷! これが僕の本来の姿!
・・・なんですけど、
不思議じゃありませんか?
こんなに愛の存在に囲まれて幸せいっぱいのところが故郷なのに、なぜイヤなことのいっぱいある人間世界に行っちゃうのか?
ここの幸せを経験しちゃうと、もう絶対に人間世界に行きたくないって思いますよ。
ずっとここに居たいんだけどなあ。
僕もまたあの世に行かなくてはいけないのかなあ。
修行のため? それとも何かの罰?
そんな僕の思いを見透かしたように神さまがフフっと笑いました。
「エンマくんはずっとここに居たいのね?」
「そりゃあそうですよ」
「そうなのね」
「やっぱりあれですか? 修行のためとかなんかの罰とか?」
「ううん、そんなんじゃないわ」
じゃあ一体・・・、そう聞こうとすると、
突然、キラキラっと、周りが虹色に輝きました。
え? 僕は驚いて周りを見回しました。
すると、
「アッ、来た来た!」 神さまは僕の方を向くと
「エンマくん、もうちょっと私に付き合ってね」と言ってウィンクしました。

すると
「神さま~!」
ひとりの女の子がやってきました。
声からして明るくてエネルギッシュな感じの女の子です。
「やっぱり神さまの言う通りだったよ」
「加奈ちゃん、退屈しちゃったんでしょ?」
どうやら名前は加奈っていうようです。
「そうでーす。わかっていたんだけどね、結局退屈するんだけどなって」
「もうそろそろかなって私も思っていたわよ」
「ハイ、だからわたくし加奈、またあの世界に行って参ります!」
加奈さんは敬礼してそう言うと、僕に気がついて、
「アッ、隣にいるのはエンマさんね」
突然僕のことを言われてビックリです。
「そ、そうですけど、なんで僕のことを・・・?」
加奈さんはそれには答えず、
「エンマさん、神さまのお手伝いをしているの?」
いやいや、そういうわけじゃ、と言いかけると
「そうなの!」と、神さまは僕の肩を抱くようにして言いました。
「この子、私を手伝ってくれるって」
「すごいじゃない、エンマさん!」
いやいやいや、僕は慌てて首をブルブルと横に振りました。
「なんてね。本当はエンマくん、さっきあの世から戻ってきたところなのよ」
僕は、うんうんと頷きます。
「エンマくん、面白いのよ。『僕は選ばれてこの神さまの世界に来たんだー』なんて言うんだもん」
「えっえーっ!」
加奈さんは新種の生物を見るような眼差しで僕を覗き込みました。
「神さま~、それは言わなくていいですよお」
「しかも、よだれダラダラと」
「わあ、やめてください! そこはもっと言わなくていいです」
「ハハ、相変わらずエンマさんって面白いのね」
「ネッ!」
二人して面白がっています。
「ところで加奈ちゃん、今度もまたチャレンジするの?」
「そう、チャレンジします。自分のことを存在価値がない、大嫌いだって悩むやつです」
「わかったわ。また前回のように泣いて戻ってくるかもよ」
といって神さまはフフっと思い出し笑いをしました。
「その節は大変お騒がせいたしました」
加奈さんは深々と頭を下げました。
「あの時の加奈ちゃんたら『絶対絶対退屈になんかならない! あの世なんて大嫌い! 神さまも大嫌い! なんであの世なんか作ったのよー!』」
エーンと、神さまは加奈さんの泣きまねをすると、
「こんな感じだったわね」と、真顔を作って言いました。
「そうそう! そんな感じ。神さま最高!」
加奈さんは神さまと一緒になって大笑いを始めました。
「それでも結局また退屈しちゃうんだもんねー」 と神さま。
「退屈しちゃって、またあの世に行きたくなっちゃった。悩んだり、後悔したり、苦しい思いをしたり・・・・、ああ楽しみーっ!」
二人は退屈しただの、悩みたいだのとキャッキャと言っています。
「お二人さん、ちょっと待ったー!」
僕はたまらず二人の間に入りました。
「どうしたの? エンマくん」
「どうしたの? エンマさん」
二人は同時に、そして笑いで出た涙を拭きながら、僕の方を向きました。
僕は二人を交互に見ながら言いました。
「お二人さん、さっきから、退屈だとか悩みたいとか仰っていますが」
「ハイ」
「加奈さんは今からあの世、つまり人間の世界に行くんですよね」
「そうよ」
「退屈になったから行く、ということですか?」
「そう、退屈しちゃったの」
「悩んだり、苦しい思いをしたいから行く、ということですか?」
「そう、楽しみだな~、ワクワクする!」 
「ワクワクって・・・・」
ふう・・・、僕は気持ちを落ち着けるため深く息をしました。
僕は勘違いしていましたが、ここはみんなの故郷です。
ここでは、僕もみんなも、愛そのものです。こんな幸せなところはありません。
それなのにどうして、こんなに愛に溢れた幸せな世界から、イヤなこともいっぱいあるあの世に行くのか?
よほど大事な理由があると思っていたのに。
それなのに・・・まさかまさかの
退屈だから? 悩みたいから? いやいやそんな理由ってないでしょ? もっと崇高な理由がきっとあるはず!
僕は二人を交互に見ました。
「退屈だからとか、悩みたいからとか、そんな理由で人間世界に行くなんて、いくらなんでもそれはないでしょ!?」
すると二人は
「だって、ネーッ!」と、顔を見合わせました。
「そうなんだもん、ネーッ!」
と二人は声を合わせました。
「それにしても」 と加奈さんは僕の顔を覗き込みました。
「エンマさん、ホントにぜんぜん思い出さないのね、この世界のこと」
すると横から神さまが
「そうなの、面白いでしょ。みんなすぐに思い出すのにね」 と僕の肩に手を置いて、
「エンマくんはぜ~んぜん思い出さないの。何か特別な役割があるのかもしれないわ」
え? 僕ってからかわれている?

「それじゃあ、神さま」
加奈さんはそろそろ出発するようです。
「愛のレベルは、そうねえ・・・こんな感じにします」
そう言うと、加奈さんの輝きがどんどん薄くなっていきました。
そして、姿が目で見えてきたのです。
えっ!? 見える! 僕はびっくりです。
「わお、結構くすませるのね。大丈夫? 加奈ちゃん」
神さまが心配そうに言いました。
「大丈夫! 今回はちょっと秘策があるんだ」
加奈さんはいたって楽しそうに両手でガッツポーズを取り、
「見ててね、神さまを思いっきり楽しませてあげるから。今度こそピッカピカに輝いて戻って来るからね」
「ピッカピカね、楽しみ~」
「神さま、今度もしっかり私のことを見守っていてね。私、そのことを心の支えにするんだから」
「もちろんよ」
「じゃあ神さま、行ってきま~す! エンマさんもまたね」
「いってらっしゃい!」

加奈さんはキラキラとした輝きとともに見えなくなりました。

「神さま」
僕は神さまに驚きの目を向けました。
「加奈さん、目に見えましたよ」
「フフ、びっくりした?」
「そりゃあもう」
神さまは面白そうに僕を見ました。
「加奈ちゃん、愛のレベルを下げたでしょ。それで輝きが減って目で見えるようになったの」
「加奈さん、自分で下げましたよね?」
「そう、自分で下げたのよ」
「信じられない!」
僕は首を横に振りました。
「今回も頑張りたいってあんなに下げちゃったわね。本当にチャレンジャーなんだから、加奈ちゃんって」
「愛のレベルを下げるって、愛の足りない人になるってことですよね。わざわざ愛の足りない人になるなんて、本当ですか?」
「愛が足りないからこそ人ともぶつかるし、自分をなかなか好きになれなくて悩みがいっぱいになれるのよ。素敵でしょ!」  
「素敵!じゃないですよお。ほんとにもう」
僕はあきれました。
「本当の本当に加奈さん、愛の足りない人になりたくて愛のレベルを下げたんですか?」
「そうよ。加奈ちゃんだけじゃないわ。あの世に行く人はみんな愛のレベルを下げて行くのよ」
僕は信じられない思いで、首を左右に振りました。
「程度の差はあるけど、みんな下げて行くの。あの世に行くためには愛のレベルを下げないといけないのよ。波長を合わすっていうのかな、そんな感じよ」
「えー、じゃあ、あの世は愛の足りない人しかいないってことじゃないですか。それじゃあ、あの世は、どうしたって愛の足りない世界になっちゃうじゃないですかあ?」
「そうよ、愛が足りないのが、あの世だもん。それこそが、あの世の魅力なんだもん!」
神さまは当然のように言いますが、いくら何でも愛が足りないことが魅力ってそれはないでしょう。
「だって、あの世が愛で一杯だったらこの世界と一緒じゃない。だったら誰も行かないわよ」
そりゃそうかもしれないけど・・・。
するとフフッと神さまは楽しそうに笑いました。
そして、僕を覗き込むと、
「エンマくん、知りたい?」
「え? 何をですか?」
「愛が足りないからこそのあの世の魅力」
僕が答えるまでもなく、神さまは言いたくて仕方がないって感じです。
「じゃあ、エンマくん! 君には特別に教えてあげる」
そう言うと神さまは「それでは」片手を腰に当てて話し始めました。
「愛の足りないあの世の魅力、教えます。大きく分けて三つあります」
と三本指を立てました。
「まず一つ目」と一本、指を立てました。
「悩むことができます!」
おっと! 僕はこけそうになりました。
「ちょっと神さま、まずそれが来ますか? それは魅力とは言わないでしょ?」
「もちろん悩みだけじゃないわ。怒り、恐怖、不安、イライラ、憎しみ、苦しみ、悲しみ、いろいろなネガティブな感情を体験できるの。愛のレベルが低いからこそ体験できるのよ。楽しいでしょ!」
「楽しくはないです。いやですよ、そんな感情」
そう言うと、
「そうだ、遊園地よ」と神さまはいいことを思いついたように言いました。
「あの世をたとえるなら遊園地。いろいろな感情を味わえる遊園地よ」
「遊園地ですか?」
「そう、あの世に行くと味わえるの。悩んだり、怖かったり、不安だったり、もちろん楽しいこともね。いろいろな感情が味わえる遊園地よ」
「遊園地って、いくら何でも、悩んだり、苦しい思いになったときに、『おお、来た来たあ! イヤな感情だあ!、ヤッホー!』ということにはならないでしょ」
「それよそれそれ! それってジェットコースターみたいじゃない。怖いのが楽しいんだもん」
「そりゃあ、ジェットコースターは、安全だってわかっているから楽しめますよ」
「それにエンマくん、ビックリハウスも好きだったでしょ」
「好きです好きです。僕が入ったのは、つり橋のビックリハウスでした。本当は周りの壁が揺れているのに、つり橋が揺れているような錯覚になって、体が倒れそうになるんだもん。怖くなって手すりにしがみついちゃった。面白かったあ」
「ほらほら~、やっぱり怖いのが面白いんじゃない」
「だからビックリハウスも錯覚だってわかっているからですよ」
僕は当然でしょって感じで言いました。
「本当は安全なんだってわかっているから楽しいんであって、本当に急降下したり、つり橋がぐるぐる回ったら、とても楽しむことはできませんよ」
すると神さま、楽しそうに微笑むと
「それは楽しめないわね、それは錯覚じゃないもんね」
「そうです」
「そうよねえ」
ん? なんだか楽しそうにしている神さま。上を向いて何か小さい声で言いました。
「私って天才」と聞こえたような・・・・。
「えっ、なんですか?」
「ううん、なんでもないの」
神さまは満足そうです。

「では二つ目行きます。いいですか?」 神さまは二本、指を立てました。
「お願いします」
「二つ目、愛を見つけることができます!」
「ほう」
「うれしかったり感動したり、幸せや愛おしさ、ありがたいなあって感じ。それを見つけることができるの」
「でも僕、ここに戻ってきて幸せ一杯ですよ、ものすごい幸せ! 愛だらけのこんな幸せな世界があるのに、わざわざあの世に行かなくても」
すると神さまは得意そうに
「ふふーん、そう思うでしょ。でもね、それはエンマくんがここに戻って来たばかりだからなの。ずっとここにいると、わからなくなるのよ。当たり前になっちゃうから」
神さまはそう言いますが、この幸せな気持ちを感じなくなるなんてとても信じられない思いです。
「すべての存在は比較するものがあるから、見つけられるんだもんね。あの世は愛が足りない世界だから、愛を見つけられるのよ」
「へえ」
「みんな愛のレベルを下げているけど、愛そのものの存在であることには変わりないわ。たくさん愛を持っているの。それに気づくのよ。自分の中や周りにある愛に気づくの。ねえ、素敵でしょ!」
ふむふむ、それは確かに素敵かも。
うなずく僕を見て、神さまも嬉しそうにうなずきました。
「それでは最後、三つ目いきます」と三本、指を立てました。
「ハイお願いします」
「三つ目、自分で輝きを増すことができます!」 
ん? それって
「愛のレベルを上げることができるってことですか?」
「そういうこと。この世ではみんな一体で、目一杯輝いているでしょ。だから自分で輝きを変えることはできないわ。でもあの世ではレベルを下げているから、上げることもできるってことよ」
「さっき加奈さんが愛のレベルを下げたように、あの世では上げることができるということですか?」
「もちろんさっきのようには簡単ではないわ。さっきのはただダイヤルを絞ったようなもんだもん」
「ダイヤルを?」
「そう、あの世に行く時には、自分で好きなレベルにダイヤルをひょいっと合わせたようなものなの。だから簡単。でもあの世に愛のダイヤルなんてないのね。だからレベルを上げるためには、自分で愛を深めていくしかないの」
「自分で愛を深めていけば、輝くことができる、ということですか?」
「そう」 
「僕は愛の深い人になりたかったんですが、それは自分で輝こうとしたっていうことですか?」
「そういうことね。あの世だからできることよ。ネッ! すごい魅力でしょ?」
愛を深めていって輝いていくことができる・・・かぁ。それはいいかも。  
でも・・・、
「確かに、二つ目の愛を見つけることができるということと、三つ目の自分で輝かせることができるというのは魅力だと思います。でも、一つ目の悩むことができるというのはやっぱり魅力とはいえないでしょ?」
「フフフ」
なんだか神さまは楽しそうです。
「悩むことができるからこそ、輝くことができるのよ。悩めるって素敵なんだから」
神さまはニコニコしながら、うんうん頷いています。
「じゃあ、僕も悩みたくなってあの世に行ったということですね?」
「そうよ」
「僕も自分でレベルを下げちゃったんですか?」
「もちろん」
そうなんだあ。僕は一体どれくらいレベルを下げて行ったのだろう?
僕は自分では愛のあるほうだと思っていました。人の気持ちに寄り添えるほうだと。
でも逆に愛のない人をダメなヤツと思って、ちょっとバカにしているところもあったから、やっぱり愛はなかったのかなあ。
それに自分に自信が持てなくて苦しかった。すぐに人と比較して凹んでいたから、結構下げていたってことだよな、きっと。
でも、小学生の時はそんなことなかったし、自信を無くしたのは中学生の時に転校して矢沢君にいじめられたせいだもんな。
矢沢君に出会うことさえなかったら、自信を無くすこともなかったわけだし・・・。
そんなことを考えていると、
「原因はどうでもいいのよ」と、神さまは言いました。
「エンマくんも悩みたくてあの世に行ったのよ。自分に自信が持てなくて自分が嫌いっていう経験をしたかったの。そのために矢沢君が原因になっただけ」
「じゃあ、矢沢君は僕のために?」
「ううん、矢沢君がエンマくんのために、というわけじゃなくて、エンマくんが愛のレベルを下げていたからこそ、それが原因となって、願った通りに自信のない状態になることができたってわけ」
「願った通り・・・ですか?」 
「そう、だからもし矢沢君に出会わなかったら、どのみち何かが原因になって自信のない状態になったのよ」
「そうなんですか。じゃあ、矢沢君さえいなかったらって思っていたのは違っていたということなんですね?」
「そういうこと。エンマくんが矢沢君のせいにし続けていたのはもったいなかったわね」
「もったいなかった?」
「そう、せっかく輝くチャンスだったのにね」
神さまは笑顔でそう言いました。

その時です。
周りがまたキラキラ~と、虹色に輝きました。
「神さま神さま~!」
ちょっと慌てている様子の声です。
「エルちゃん、どうしたの? 退屈しちゃった?」
エルちゃんと呼ばれる子がやってきました。
「ハイ、私もあの世に行きます!」
「わかったわ。今度はどうするの? またカエル?」
「ううん、今度は人間やります」
「ほー、久々の人間ね」
「そう、久々。だからチャレンジはやめておきます。愛のレベルは高めの・・・・うん、こんな感じかな?」
そう言うと、輝きがなくなってきて、エルさんの姿が目でも見えるようになりました。
でも加奈さんほどではなく、輝きはそこそこ残っています。
「うん、いいわね。もちろんそれでも、イヤな思いもいっぱいするわよ」
「もちろんもちろん、それも楽しみ。でも、それはそこそこにして、基本順風満帆レベルにしておきたいの、今回は」
「わかったわ。じゃあ、チャレンジしている人への応援もお願いね」
「もちろん!」
エルさんは胸をそう張って言うと、
「さっき加奈ちゃん、また今回もチャレンジするって言っていたでしょ?」
と神さまに聞きました。
「そうなの、聞いていたのね」
「わたし、加奈ちゃんを応援したいの!」
「えっ? なんだ、もしかして最初からそのつもりだったの? 加奈ちゃんも秘策があるって言っていたけど」
「うん、そうなの。前回カエルだった時に加奈ちゃんに助けてもらったんだ。だから、ずっとこの機会を待っていたの。早く加奈ちゃん、退屈してくれないかなあって」
エルさんは神さまに向き直ると
「その時は人間になって応援するって決めていたの」
とキリリとした様子で言いました。
「じゃあもしかして、今回あの世に行く目的って?」
「そう、加奈ちゃんを応援したいっていうのがメイン!」
神さまは納得したように
「そうなのね。楽しみだわ」
と微笑みました。
 「早く行かなくっちゃ! 加奈ちゃんと同級生になるんだから」
エルさんはそう言うと僕の方を向きました。
無邪気なエルさんの目は、大きく、透き通っています。
僕はドキッとしました。
エルさんの目が何となく見覚えがあるような気がしたからです。
「エンマさんね」
「えっ? ぼ、僕を知っているんですか?」
僕のドキドキが大きくなりました。
「うん、前回カエルだった時にね」
カエル・・・・
アッ! まさかあの時の・・・?
いやいやいや、そんなことあるわけが・・・でも・・・
あの時というのは中学校の時、
学校の近所の小川でクラスの野外活動をしていると、矢沢君が僕のところにやってきました。
矢沢君は手の中に一匹のカエルを捕まえていました。
そのカエルを僕に持たせると、「面白いからやってみな」と言ってきたのです。
僕は言われるがままに、そのカエルの足に、石を固定した紐をくくりつけて川底に沈めてしまったのです。
何と残酷なことをしてしまったのか。
僕はそんなことしたくなかった。でも、矢沢君にイヤだと言う勇気がなくて、やってしまった。
沈んでいくカエルが両手を上げて、「どうして?」と悲しそうな目でずっと僕を見上げていました。
透き通った大きな目、僕はその目がいつまでも忘れられなかった。
その後も、その時のことを思い出しては、イヤーな気持ちになっていました。
僕は、エルさんの大きな透き通った目を、そっと覗き込みました。
無邪気に優しく微笑む目・・・、僕は、わかってしまいました。
「エルさん、あの時のカエルだったんですね?」
エルさんは微笑みながら優しく頷きました。
僕は申し訳なさでいっぱいになりました。
「本当に本当にゴメンなさい。僕、本当にあんなことはしたくなかった」
僕はうなだれました。
そんな僕を慰めるように、エルさんは優しく言いました。
「エンマさん、大丈夫よ。それはわかっていたから」
そして、小さくフフっと笑うと、
「だってあの時エンマさん、『ああ、なんてことしちゃったんだあ、僕』なんて、まるわかりの顔しちゃっているんだもん、フフ」
と、楽しそうに言いました。微妙な顔の僕。
「それより」と、エルさんは、微妙な顔の僕を覗き込んで言いました。
「私うれしかったの」
えっ? うれしかったって?
「あれからエンマさん、私のことを何度も何度も思い出してくれたでしょ。そして、小さな動物や虫の命も大切にするようになってくれたよね。とてもうれしかったの」
エルさん・・・・、僕は言葉を返すことができませんでした。
「それにね、エンマさん」
エルさんはうなだれっぱなしの僕に言いました。
「あの時私、助かったのよ!」
「ええっ?」
僕は思わず伸び上がりました。
「沈んじゃったのに?」
「私、沈んじゃったんだけど、エンマさんたちがいなくなってすぐ、誰かが川にざぶざぶと入って来たの。そしてその人、私を両手ですくい上げてくれたの!」
「そうなんだ」
僕は本当に良かったと思いました。
「それが加奈ちゃん!」
「かなちゃん・・・」
「さっきあの世に行った加奈ちゃんね」
えっ、ええっ!! 
「か、かなさんって、さ、さっきの・・・?」
「そう」
ちょ、ちょっと待って! そんなことって・・・。
「エンマさん、加奈ちゃんのこと覚えていない?」
「いやいや全然、全く覚えていないですよ」
「おんなじクラスだったのよ。中学校の」
同じクラス? 中学校の? 僕は思い出そうとしますが、心当たりがありません。
「いやあ、いなかったと思うんだけど・・・」
そんな僕にエルさんは
「平井加奈ちゃんよ」
ひらい・・・かな・・・・、同じクラスの・・・
アッ、僕は思い出しました。確かに平井加奈っていう子はいました。
でも、その子は、とても暗い感じの子です。
さっきの明るくてエネルギッシュな加奈さんとは正反対。とても同じ人とは思えません。
「そう思っちゃうよね」とエルさん。
「でも、そうなの。あの加奈ちゃんなの」
平井加奈っていう子は、僕が矢沢君のいる学校に転校した時の同級生でした。
彼女はいつも一人で教室の隅っこにいました。
クラスのみんなは彼女の存在を無視している感じで、何かしらで彼女の話になると「気持ち悪い」とか「汚い」とか言います。
いつも暗い表情をして、笑顔なんて見たことがありませんでした。
でも僕は僕自身、自信のなさに悩んでいましたから、彼女のつらさが他人事に思えず、とてもみんなのような気持には、なれませんでした。
なんとなく気になって時々彼女のことを見ていたのです。
なぜそんなにみんなが嫌うのか? 僕は何気なく友達に聞いてみたことがあります。
すると小学校の時に教室でお漏らしをしたことがあって、それ以来みんなは、汚いと言って近づかなくなったらしいのです。同じ小学校の出身はクラスの半分もいないはずなのに。
それを聞いても、僕は彼女に、汚いイメージが湧くことはありませんでした。
それどころか、制服はいつもアイロンがかかってきれいだし、逆に清潔感を感じていました。
あの平井加奈さんと、さっきの加奈さんが同じ人だなんて・・・。
その瞬間、映像が浮かびました。それは、両手ですくい上げられてホッとしているエルさんと、そんなエルさんを穏やかに嬉しそうに見守る平井加奈さんの映像です。 初めて見る平井加奈さんの笑顔、それはさっきの加奈さん、そのものでした。
そんなエルさんと僕のやり取りを見て、神さまは穏やかに言いました。
「みんないい経験したわよね」
「ハイ! 」と、元気よくエルさん。
うなずく僕。
「じゃあ神さま、エンマさん、加奈ちゃんと同級生になってきます!」
エルさんは、あの世に行くようです。
「ハイ、いってらっしゃい! エルちゃんと加奈ちゃんの体験、楽しみにしているわね」  
神さまと僕は、エルさんを見送りました。

僕はまだショックが残っています。
ふー、まさかあの時のカエルに会えるとは・・・。
そして、あの平井加奈さんが、僕が沈めてしまったカエルを助けくれただなんて。
「面白いでしょ」 神さまは楽しそうです。
「信じられない気持ちです。いろいろつながるんですね」
僕は加奈さんとエルさんに大きな親しみを感じました。
「加奈さんとエルさんには、絶対に幸せな人生を歩んでほしいな!」
僕はつくづく、そう思いました。
すると、神さまは
「フフ、好きになっちゃった? どっち? 加奈ちゃん? エルちゃん?」
と楽しそうに僕をからかいます。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ」
僕は自分の顔が赤くなるのがわかりました。

それにしてもエルさんは、沈めた僕を恨んでいなかったなんて。
それどころか「うれしかったのよ」だなんて・・・。
エルさんって、なんて愛の深い人なんだろう。
すると、
「私もうれしかったのよ」 
と、神さまは、今もうれしい気持ちになっているかのように言いました。
「私はみんながあの世に行ってくれて、いろいろな感情を体験してくれるのが楽しくって、うれしいの。あの時エンマくん、エルちゃんを沈めたことや、矢沢君の言いなりになったことをすっごく後悔したでしょう」
「ハイ」
「エルちゃんは沈められて『どうして?』と思ったけど、その後加奈ちゃんに助けられてとてもうれしかったのよね」
僕はうなずきました。
「そして加奈ちゃんも、エルちゃんを助けられたことが、とってもうれしかったのよ」
神さまは僕の方に向き直り、
「そんな素敵な経験をしているみんなのことを、私、ここから見守っていたの。愛おしくて愛おしくて仕方がなかったわ」
そう言うと、神さまは
「そして、エンマくん。あの後、反省して小さな命も大切にするようになったでしょ。とてもうれしかったわ」
とニコッとしました。
僕は神さまに褒めてもらってうれしい反面、やっぱり恥ずかしい思いがしました。
なにせ、自分の不甲斐なさで沈めてしまったことがはじまりですから。
「どんなに小さな命でも、あんなことをしちゃいけないですよね」
僕は反省を含めてそう言いました。
「それもそうだけど、あの時のエンマくん、矢沢君のせいにすることなく自分の愛の足りないところをちゃんと認めてくれたわよね」
「そりゃあ、とんでもないことしちゃったから」
「そして行動を変えてくれた。それがうれしいの。あの経験でエンマくん、輝きが増したのよ」 
えッ? 輝きが増したって・・・、
「それって、愛が深まった、ということですか?」
神さまは「そう!」と頷くと、僕を覗き込みました。
そして、
「ネッ!」
「えっ? 何がネッ?」
「愛が足りなかったおかげで、エンマくん、自分で輝きを増すことができたでしょ?」
「いやいやそれはただ、僕が不甲斐なかっただけで・・・」
「それがよかったのよ」
僕はぜんぜんピンと来ていませんが、神さまは、いたって満足そうです。
「それに、エルちゃんも加奈ちゃんもエンマくんの愛が足りなかったおかげで愛を見つけることができたわ」
愛を見つけることができた?
「エルちゃん、沈められる時すごく怖かったけど、エンマくんの目を見て許せちゃったのね。自分の中にある愛に気づけてうれしかったの。ネッ!」
「ハイ」
「そして加奈ちゃんに助けられた時は、加奈ちゃんの眼差しに愛を見つけることができたわ、ネッ!」
「ハイ」
神さまは僕を見て、
「エンマくんのおかげ。エンマくんの愛が足りなかったおかげで愛に気づけたのよ」
「おかげってえ」
「加奈ちゃんだってそうよ。エルちゃんを助けられたことがうれしかったんだけど、まさかあんな行動がとれるとは、自分でも思っていなくて、それもうれしかったの。あの時、加奈ちゃんも輝いたのよ。エンマ君の愛が足りなかったおかげ」
そう言うと僕を見て、
「エンマくんはまだ、愛が足りないことは悪いことだって思っちゃう?」
「思っちゃいます」
「愛が足りないからこそ、それを認めて行動が変わることで自分が輝けるし、愛が足りないからこそ、愛の存在に気づくことができるの。ねっ、愛が足りないって素敵でしょ!」
とはいっても、愛が足りないことを素敵だなんて、やっぱり思えない僕です。
でも、さっきからこんなに明るく神さまに「愛が足りない」「愛が足りない」って言われ続けると、なんだか愛が足りないことが愛嬌に感じてしまいました。
とは言っても、僕はひとこと神さまに言いたくなりました。
「神さま、確かにあの時の僕は、愛が足りませんでした。それは本当に認めます。でも僕は、結構思いやりがあるほうだと思うんですよね。平井加奈さんをみんなと一緒に嫌うこともなかったし」
「フフ、もちろんわかっているわ。ドアを開けられずに困っている小さな子供のために、そっとドアを開けたこともあったもんね。エンマくんは優しい子よ」
僕は神さまに褒められて急に恥ずかしくなりました。
「いえいえ、僕の優しさは気の弱さから来るものであって本物じゃないですから」
「ううん、エンマくんは優しい子よ」
僕は「いえいえ」と手を横に振ろうとすると、
「愛は足りなかったけどね、フフッ」だって。神さまはいつも一言多いよね。
そして、神さまは言いました。
「愛のレベルを下げる、というのは、優しさや思いやりのない人になる、ということじゃないのよねえ」
「えっ? そうなんですか?」
「てっきり優しさや思いやりのない人になるのかと思ったのですが」
「愛のレベルを下げる、というのはね、んーそうねえ、愛のレベルが低いものに焦点が合うようにするっという感じかな」 
「愛のレベルが低いものって、ま、まさか・・・」
「そう、例えば、怒りとか恐怖とか、悲しみ、イライラ、妬み、不安とか言ったものね。いわゆるネガティブ感情ってものよ。そんなものに焦点が合いやすくなるの」
「わー、やだやだ! そんな感情に焦点が合いやすいなんて」
「フフ、だから、愛のレベルを下げた人は、自分や人が信頼できなくなったり、嫌いになったり、怖がったり、不安になりやすくなるのね。悩みが多くなるってことよ」
「じゃあ、やっぱり僕、愛のレベルを下げていたんですね。すぐ、自分が嫌いになったり、不安になったり、凹みやすかったから」
すると神さまは優しく頷きました。
「僕、よく言われていました。『ネガティブに考えすぎだよ』とか『もっとポジティブに考えなよ』って。でも、どうしてもネガティブに考えてしまうんですよね」
「フフ、そりゃあそうよね。エンマ君は愛のレベルを下げていたんだから。ねえ」
「そういうことなんですね、愛のレベルを下げて、愛のレベルの低いものに焦点が合うようにしちゃったんですね、僕って。じゃあ、どうしても、そうなっちゃいますよね」
「そういうこと、そういうこと。エンマ君もチャレンジャーだったもんねえ」
僕がチャレンジャー? なんだかピンときません。チャレンジャーって言葉はかっこいいけど、悩んでばかりで、なんだかなあって感じです。
でも、あの元気いっぱいの加奈さんと同じだと思うと、なんだか心強いというか、うれしい気持ちも湧きました。
「それで神さま、優しさや思いやりは、どういうことなんですか? 愛のレベルとは違うということですけど」  
「そうそう、優しさや思いやりね。優しさとか思いやりも愛なんだけど、愛のレベルのようにあの世に行く前に設定するものではないのよ」
「へえ」
「優しさとか思いやりとかいうのは、人の気持ちを察知できる能力でしょ。あの世に行ってから、そこでの経験で培われていくものなの」
「あの世での経験で培われるんですか?」
「そう」
「でも、小さな子供でもとても優しい子はいっぱいいますよ。僕なんか全然かなわないなって思うこともよくあります」
「そうね。それって感性ね。それまでの経験の違いよ」
「それまでの経験?」
「そう、みんな何度もあの世に行っているんだけど、人によって回数もそこでした経験も違うでしょ。ネガティブ感情をどれくらい認めたかでも違うし。それらが感性に影響するのよ」
「でも、前回までのことってみんな忘れていますよね?」
「そう、みんな忘れているんだけど、一度経験したことは感性として残っているのよね。だから、のみ込みが早いっていうわけ」
なるほど、忘れていても経験があるのとないのとでは違うっていうことか。
「愛のレベルをたくさん下げてあの世に行った経験のある人はね、そこでたくさん悩みを経験しているから、それが感性になって、優しさや思いやりが深くなることが多いわ」
「じゃあ加奈さんは、何度もレベルを下げて行っているから」
「そうね、加奈ちゃんは優しさや思いやりの感性をたくさんもっているわ。でも、愛のレベルを下げると、ネガティブ感情でそれらが隠れちゃうことが多いの。そこがまた面白いところなのよね」
「優しさや思いやりが隠れちゃうんですか?」
「そう、そして自分や人に対して、愛の足りない言動をすることがあるの」
「へえ」
「そうすると、本当は自分でも愛の足りない言動だってわかっているから、そんな自分に対して更にネガティブ感情が積み重なっちゃったりして」
「わあ、大変だあ」
「ネガティブ感情、盛り盛りよ! ネッ、面白いでしょ」
「面白くないですよ。何とかならないんですか? それ」
「ちゃんとそのネガティブ感情を味わってくれればいいの。そうしたら感情の体験が増えるんだから。更に優しさや思いやりが深まるんだから」
「そうはいっても・・・」
「フフ、エンマくん面白い」
僕はついつい変な顔をしてしまったようです。
「何とかなることもあるわ」
「よかった。そうでないと」
「愛のエネルギーよ」
「愛のエネルギー?」
「そう、エルちゃん、加奈ちゃんを応援するって言っていたでしょ」
「言っていました」
「それって、愛のエネルギーを送る、ということなの」
「なんですか? その愛のエネルギーって」
「言ってみれば愛ね」
「愛がエネルギー?」 
「そう、あの世で活動できるのは、愛というエネルギーがあるからなの。自分の中にある愛というエネルギーよ」
「ほう」
「あの世でネガティブ感情を体験するのって大変でしょ。人を責めたり自分を責めたり」
「はい」
「そんなときってエネルギーを使いまくっているのよ」
「わかりますわかります。燃料切れになって動けなくなることもあります」
「そうなの。だからエネルギーの補給が必要なの」
「そのエネルギーをエルさんが加奈さんに補給するということですか?」
「エルちゃんが直接加奈ちゃんにエネルギーを補給することはできないわ」
「そうなんですか?」
「エネルギーの補給は本人しかできないの」
「本人しか?」
「ポジティブな感情があるでしょ。うれしいとか楽しいとか感動したとか。そういう感情ってね、自分の中にある愛が表に出てきたときに湧く感情なの」
「自分の中にある愛が表に?」
「そう、そしてその感情をちゃんと認めて味わってくれたら、そのときにここの世界、愛で溢れているこの神さまの世界とのつながりができるの。するとススッとエネルギーが補給されるってわけ」  
「そうか。じゃあ、ハイハイ、わかりました」と僕は手を挙げました。
「ハイ、エンマくん」
「愛のエネルギーを送るというのは、あたたかい言葉をかけたりして、相手がポジティブな感情になるきっかけを作ってあげる、ということですね。そうしたらエネルギーの補給がされるんですね」
「そうそう、そういうこと、そういうこと」
すごいすごいエンマくん、と神さまは嬉しそうに拍手しました。
「じゃあ、愛のエネルギーを送るって本当に大事ですね」
「そう、とっても大切なことなのよ」
「じゃあ、加奈さん、エルさんの応援を受けて、エネルギーが増えて、ネガティブ感情盛り盛りも乗り切れますね」
「ホントね。そうなると愛も深まって、加奈さん、本当にピッカピカになって戻って来るかもね」
神さまはとてもうれしそうに頷きました。
「それに愛のエネルギーってね、あたたかい言葉をかけなくても、ただ相手に気持ちを寄せるだけでも送られることがあるの」
「そうなんですか?」
「エンマくん、エルちゃんを沈めちゃったじゃない」
「えっ、また急に。ちょっとやめてくださいよ、そのストレートな言い方。本当に反省しているんですから」
「あの時、加奈ちゃんがすぐに助けに行ってくれたでしょ?」
「ええ、本当に良かった。僕も助けられた思いです」
「どうしてだと思う?」
「どうしてって・・・」
「加奈ちゃんがすぐに助けに行くことができた理由。実はあの時加奈ちゃん、エンマくんのことを見ていたのよ。エルちゃんを沈めるところをちゃんと見ていたの」
「えっ? そうなんですか? 恥ずかしいな。とんでもないヤツって思われただろうな。本当になぜかそういうときってたまたま見られちゃうんですよね」
「そう、たまたまなんだけど、なぜたまたま見ていたかって言うと、エンマくんが日頃、加奈ちゃんにエネルギーを送っていたからなの」
「いえいえ僕、そんなことしてないですよ」
僕は手を大きく横に振りました。
「それがちゃんと送っていたの。エンマくんは一人ぼっちだった加奈ちゃんに気持ちを寄せていたでしょ?」
「気持ちを寄せていたっていうか、僕もあの頃とても悩んでいたし、つらいだろうなって」
「それなの。それがちゃんと愛のエネルギーになって加奈ちゃんに届いていたの」
「へえ」
「だから加奈ちゃんもその時、ついついエンマくんのことを見てしまっていたの」
「へえ、僕、自覚なしに愛のエネルギーを送っていたんですか?」
「そう、愛のエネルギーの行き交いって、自覚がないことがほとんどだから」
すると神さまは、フフっと小さく笑うと「でもね」と続けました。
「でも、本当言うとね。加奈ちゃんは、エンマくんからの愛のエネルギーをちゃんとわかっていたの」
「そうなんですか?」 
「そして、矢沢君にいじめられているエンマくんに愛のエネルギーを送っていたの。エンマくんを見ていた、というのはそういうことなの」
え! 僕はちょっと顔が熱くなってしまいました。
「フフ、エンマくんは気づかなかったけどね」
「ハイ」
「加奈ちゃんのように感性の高い子はね。送られた小さな愛のエネルギーも感じ取るから、感情の経験が増えるの。優しさや思いやりが深まるのね。すごいでしょ」
「すごいです。加奈さんって素敵ですね」
「そう、素敵なの」
僕は中学生の時の平井加奈さんに思いを馳せました。
胸がちょっとキュンとなりました。
それにしても、悩みだけではなく、愛のエネルギーも愛を深める経験になるのですね。
「じゃあ神さま、ネガティブ感情だけではなくて、ポジティブ感情も、大切な大切な体験なんですね」
「そうそう、そうなの。ネガティブ感情もポジティブ感情も。全部素敵なんだから。言ったでしょ。無駄なものは何もないって。全部意味があって存在するんだって」
「それって、感情もだったんですね」
「そう、感情も。だって、全部なんだから」神さまは、自慢そうにそう言うと、大きく頷きました。  

加奈さんやエルさんはどんな感情を体験するのでしょうか?
僕は悩んでいる加奈さんとそれを応援するエルさんに思いを巡らせました。
「エルさんはどんなふうに加奈さんにエネルギーを送るんでしょうね」
「ネッ! 楽しみでしょ」
僕は、二人がどんな人生を送るのか気になって仕方がなくなりました。
僕の目の前で愛のレベルを下げた二人です。
しかも、とても関りがあった二人です。
二人はどんな家庭に生まれるのでしょうか?
加奈さんはどのように自信を無くしたり、苦労していくのでしょうか?
前回の平井加奈さんのようなことが起きるのかなあ?
すると突然、加奈さんが自分を嫌いって悩んでいる姿が浮かびました。そして、そんな加奈さんに、ものすごく愛おしさが湧いてきました。
頑張ってほしい!! 加奈さんがどんなに周りに嫌われようと、どんなに自分を嫌いになろうと、僕は絶対絶対に加奈さんを応援する!! そう思いました。
エルさんはどんなふうに加奈さんと関わっていくのだろう?
すると突然、加奈さんに笑顔を向けているエルさんの姿が浮かびました。そんなエルさんにものすごい頼もしさと愛おしさが湧いてきました。
エルさん、なんて素敵な人だ!
エルさんも久々の人間でやっぱり苦労するんだろうな。
でもでも、エルさんにどんなことがあろうと、僕は絶対絶対エルさんの味方です。
アッ! そうか!!
僕はフッと気が付きました。
神さまはこんな風に僕たちのことを見守ってくれているんだ。神さまの気持ちがちょっとわかるような気がしました。
思わず僕は神さまを見ました。
神さまも僕のことを見ていました。
神さまは大きく頷くと
「ワクワクするでしょ!」と優しく言いました。
そして、
「あの世を作った私って、天才よね?」
僕はとりあえず。それには答えないでおきました。

第2章の世界観と眺めるヒント

第2章の世界観はこんな感じでした

■ 私たちは悩みたいと思って、この世で人間の経験をしている
■ 私たちは悩む経験をするため、自分で愛のレベルを下げた
■ たくさんレベルを下げた人は、悩み多きチャレンジャー
■ 悩めるのはこの世にいるからこそ。神さまの世界ではできない貴重な体験
■ みんな愛のレベルを下げて、この世に来ている
■ みんな下げているので、この世の愛が足りないのは当たり前
■ 愛が足りないことこそ、この世の魅力は・・・
■ 魅力① 悩むことができる
■ 魅力② 愛を見つけることができる
■ 魅力③ 自分で愛を深めて、輝きを増すことができる
■ 自信のない自分になったのは、そうなりたかったから
■ それを人のせいにしていたら、もったいない
■ この世ではエネルギー不足になるので、エネルギーの補給は必要
■ ポジティブ感情になった時、神さまと繋がってエネルギーが補給される
■ 人に愛のエネルギーを送って応援することができる
■ 感情にも、ちゃんと存在する意味がある

繰り返しになりますが、あなたはこの世界観を信じる必要はありません。
ただ、自分や自分の周りのことを、「この世界観で言うとどういうことになるのかなあ」と客観的に見てみる、ということですね。
例えば、

★自信をなくしてイヤな感情になった時
「とってもイヤだけど、この世だからこそ味わえるってことか。エンマ様的にはね」
「こんなイヤな感情を味わいたくて、自分で愛のレベルを下げたってこと? 私ったらもう」
「私もうんとレベルを下げちゃったのかなあ? チャレンジャーってこと? 加奈ちゃんと一緒?」

★悩みばかりで嫌になった時
「私って相当愛のレベルを下げたのね。フー、疲れる。自分でそうしたってことだけどね、エンマ様的に言うと」


★夕焼けを見て、きれいだなあと思ったとき
「アッ今、神さまと繋がった? エネルギーが補給された? うん、されたような気がする。気持ちいいからこれは信じてあげてもいっか」

★コンビニのレジの人の挨拶が気持ちいいなあって思ったとき
「今、エネルギーが補給されたよ。ありがとう! こういう人がいるから、みんな頑張れるんだね。すごいすごい!」
こんな感じ。
これはあくまでも例えばの話。
自分の言葉で、自分がしっくりいくやり方を大事にして下さいね。
眺め方に正解なんてありませんから、自分がしっくりいく言葉で、楽しみながら、ゆる~く、ゆる~く、眺めてみてくださいね。