エンマ様の通信簿

第3章

神さまの楽しみとあの世から戻ってきた人たち

いつも私たちを見守ってくださる神さまは、何を楽しみにいているのでしょうか?
そして、エンマくんは、人間世界から戻ってくる人たちを目の当たりにします。

(声の出演 エンマくん:VOICEVOXずんだもん、神さま・早苗さん・聡くん:VOCEPEAK)
音声はダウンロードもできますよ!

僕は加奈さんとエルさんをここから見送って、神さまの気持ちがわかったような気がしました。
でもでもやっぱり・・・・・・、ここは気持ちいいなー。
みんな退屈しちゃうなんて、やっぱり信じられないや。わざわざ悩みに行くなんて、本当に信じられない。
愛のレベルをさげて、ネガティブなものに焦点を合わせやすくするんだって。 
あー、怖い怖い。
僕もそうしちゃったみたいで大変だった。
ずっとここにいたいけど、どうしてもまたあの世に行かなくちゃいけないんだったら、今度は大成功して幸せいっぱいの人生にしたいな。
好きなことを仕事にして、それが成功してお金持ちになって、たくさんの人を幸せにして感謝されて、愛する家族がいて、大好きな仲間たちがたくさんいて、家族や仲間たちといろいろな体験をして、一緒に笑って、一緒に感動して・・・、そんな幸せな人生だったら、まあまたやってもいいかな。
うん、そんな幸せな人生だったらね。
そんなことを思っていると、神さまがフフッと小さく笑いました。
「フフ、幸せはここにあるわよ」
「そうなんですよね、ここは幸せで一杯。だから、本当はずっとここにいたい」
「フフ、そんなこと言ってるけど、エンマくんだって、ここで幸せを十分に満喫したら、結局退屈して、また悩みたーい、なんて言うのよ」
本当にそうなのかあ、とても退屈するとは思えないけど。
「ねえ、神さま?」
「なあに?」
「神さまは退屈しないんですか?」
「しないしない。 だって私、ここからみんなの活躍を応援しているのよ。大好きなドラマを見ているようなものだもん。楽しくって仕方がないわ」
「ドラマですか?」
「そう、しかも出演しているのが、み~んなここから見送った可愛い可愛い子たちなのよ」
「うんうん、そうですよね」
僕は加奈さんとエルさんを思い出し、それはわかる気がする、と大きく頷きました
「その子たちが、主役だったり、脇役だったり、悪役だったりするんだもん。もう楽しくて仕方がないわよ」
「悪役もですか?」
「そうよ。エンマくんも悪役になったでしょ」
「えッ? 僕が悪役? ああ、エルさんを沈めた時のことですか?」
「そう、あの時」
「確かにあの時は悪かったです。でも悪役と言われるとなんだか・・」
「エルちゃんからしてみれば、いきなり捕まえられて川底に沈められたのよ。立派な立派な悪役よ」
「トホホ」
「でもそれが良かったんだもんね。みんな愛を見つけたり、愛を深めたりできたんだもんね」
「そういうことのようです。ハイ」 僕は軽く肩をすくめました。
「神さま?」僕は気を取り直して聞きました。
「神さまはここからずっと僕たちのことを見守っていてくれているんですよね」
「そうよ」
「ずっと見守っていて、僕たちがどんな人生を送ったら、神さまはうれしいんですか?」
すると神さまは、いいことを聞いてくれたとばかり、
「私が楽しみにしているのは、ズバリ、感情の体験!」
とキッパリ言いました。
「感情の体験ですか?」
「そう、みんながいろいろな感情に出会って、それを体験してくれている、それが楽しくてうれしいの」
「へえ」
「それに、みんながいろいろな形で影響をしあっているでしょ、自分でも気づかないうちに。誰が誰にどんな影響を与えて、それでどんな感情が生まれるか? そんな様子を見守るのがまた、とっても楽しいのよ」
「へえ。でも、成功して人望もあって、たくさんの人を幸せにする人生と、自分のことで精一杯で悩んでばかりの人生じゃあ、やっぱりたくさんの人を幸せにする人生を送ってくれたほうが神さまはうれしいんじゃないですか?」
「もちろん、たくさんの人を幸せにしてくれるのはうれしいわよ。でもそれは、たくさんの人を幸せにしてくれること自体がうれしいわけじゃなくて、その人はその人ならではの感情の体験をしてくれている、それがうれしいの」
「じゃあ、そうじゃない人も、その人ならではの感情の体験をしているから」
「そう、同じようにうれしいの。誰ひとり同じ体験ってないでしょ。みんな違うから、みんな一人ひとり、掛け替えのない存在なの」
「そうなんですね。とにかく感情の体験なんですね」
「そういうこと。だからいろいろな感情を体験してくれると嬉しいし、同じ悩みで止まってしまうと『大丈夫、大丈夫よ!』って応援しちゃうの」
「じゃあ、僕が自己嫌悪に陥りそうになった時に使った感情にフタをするテクニックって、自慢できるものじゃなかったですね?」
「そうそう、自慢できるどころか、フフッ、一番ブッブーなやつよね」
僕は頭を掻きました。
神さまは笑いを含みながら「それと、矢沢君のせいにし続けたのも」
「ブッブーということですか?」
「そうそう、もったいなかったわねえ」と、楽しそう。
僕がついついしてしまった微妙な表情を見て、神さまはプッと吹き出しました。
「エンマくんって面白い」

その時です。
キラキラっと周りがきらめきました。
「アッ、また誰か来たようですね」と僕。
「うん、今度はあの世から戻ってきたの」
神さまはそう言って僕を見ると、楽しそうにニコッとしました。
「エンマくんよりも、もっともっともったいないことしちゃった人よ」

「ハハハ、オレってすごい! すごいなあ。かっこよすぎるよな。ハハハハ!」
なにやらご機嫌で現れたのは白髪交じりの紳士です。
「お帰りなさい、金丸さん」  
名前は金丸さんと言うようです。
「おお、神さま。帰ってきたぞ。見てくれ! これを」
神さまを前にした金丸さんは、両手をパッと思いっきり広げました。
「神さま、見てくれ! オレのこのピッカピカの輝きを!」
どうやら、金丸さんは自分がピッカピカに輝いていることを自慢したいようです。
確かに輝いています。加奈さんやエルさんが、あの世に行く時に落とした輝きに比べると、ずっとずっと輝いています。
自信満々でうれしくて仕方がない様子の金丸さんです。
そんな金丸さんを見た神さまは、ウッ、とお腹を押さえました。
「おいおい、どうした? 神さま。お腹が痛いのか?」
「だって・・・金丸さん・・・プププ」
「えっ? 神さま、どうした?・・・えっ? 笑ってんのか?」
「だって、その顔・・・。すごいだろってその顔」
「エーッ」と、金丸さんは軽く顔をなでると、
「この顔って? なに、自慢しているって言いたいのか? そりゃあ自慢もするさ。こんなに輝いているんだぞ」
「輝いたって…、プププ」
「ほら見ろ! ほら、ほら!」と金丸さんは体を更に突き出しました。
その仕草がおかしくてたまらない様子の神さま、
「やめて金丸さん。もう。お腹が痛くなっちゃうじゃない」
お腹を押さえながらそう言いました。
「どうしたどうした? 神さま。そんなに自慢するのがおかしいか?」
神さまはうんうんとうなずきます。
「そりゃあ、世の中にはもっとすごい人はいるさ。でもオレの活躍も十分すぎるだろ。抜群の行動力で若くして起業して大成功だ。人も雇った、たくさん人を幸せにした。大きな大きな家も建てた。オレだからこそできるいろいろな体験もした。どこからどう見たって大成功の人生だ! だからこその、この輝きだ! うーん、オレってすごい、凄すぎる」
金丸さんの自画自賛は止まりません。
「オレはポジティブ思考と行動力の塊だったぞ。そうだろ? 神さま」
「そうね」
「ネガティブになんかなったことがない。ネガティブは成功の敵だからな」
「フフ」
「ポジティブ思考なんて簡単さ。ネガティブになりそうなときは、ササッとポジティブに転換すればいいのさ」
「フフフフフ」
「ん? どうした、神さま。何がおかしい? ポジティブ思考は大事だろ?」
「そう、大事」
「そして行動した。行動も大事だろ?」
「そう、大事大事。金丸さんのポジティブ思考と行動力はすごかったわ、本当に」
「そうだろ。だから成功したんだ。だからこの輝きだ」
「フフフフ」相変わらず笑いが止まらない神さまです。
「おいおい神さま、一体何がおかしい?」
「だってえ」
「だってじゃないぞ」
「だって金丸さん、輝いていることが自慢なのよね?」
「当たり前だ。こんなに輝いているんだ。自慢もするさ」
「だって金丸さん、フフ」
「なんだ?」
「ぜんぜん輝いていないわよ」
「えっ?」金丸さんは一瞬固まったと思うと、大声で笑い始めました。
「ハハハ、神さま笑わせちゃあいけないよ。輝いていないって、何を言っているんだ。ほらほら」
と金丸さんは自分の体を指さして、
「こんなに輝いているじゃないか、ハハハ」と、体を更に更に突き出しました。
「だってその輝き、フフ、最初からじゃない」
「えっ? 最初から?」
金丸さんの笑いが止まりました。
「そう、金丸さん、あの世に行く時、愛のレベルをそんなに下げなかったでしょ」
「えっ?」金丸さんは自分の体をもう一度見ました。
「金丸さん言ったじゃない、『オレ、まだ人間経験少ないからなあ』って。『今回はこれくらいにしておこう』って」
「おいおい、待ってくれ待ってくれ! じゃあ、この輝きは最初からって言うのか?」
「そう」
「あの世で成功したから輝いた、というわけではない、というのか?」
「そういうこと。というか、最初よりちょっとくすんだ気がする」
「えっ? くすんだって。ちょっと待ってくれ。大成功の人生だったんだぞ。輝かないわけがないだろ?」
「だって、輝きって愛よ。愛が深まったら輝きが増すのよ」
「愛? 人生に成功すれば輝くだろ?」
すると神さま、微笑みながら金丸さんを覗き込みました。
「成功って、なあに?」
「成功と言えば、そりゃあ・・・」金丸さんは口ごもります。
「金丸さん、自分で愛が深まったと思う?」
「ん?」 金丸さん、考え込みます。
「そもそも、あの世に行く時『悩みたーい』って言ってなかったっけ?」
「えっ? オレが悩みたいって?」
神さまはフフフっと笑いながら頷きます。
上を向いて思い出そうとする金丸さん。すると「あーっ!」と口をあんぐりとしました。どうやら思い出したようです。
「そうだ、そうだった。オレ、悩みたいって・・・、言った」
金丸さんは神さまを見ました。
神さまは、うんうんとうなずきます。
「オレ、悩みたかったんだ。いろいろなネガティブ感情を経験してみたかったんだ。それなのに・・・」
金丸さんは情けない表情をしました。
「ふう、わざわざ、ネガティブ感情を感じないようにしてしまった」
「そうね」
「わざわざ、ポジティブに転換してしまった」
「そう、それに」
「いや神さま、その先は言わなくていい。人のせいにしたって言いたいんだろ?」
神さまは笑ってしまう口元を両手で囲いながら、うんうんとうなずきました。
金丸さんはもう一度、自分の体をつくづくと見ました。
ああっと肩を落す金丸さん。
「確かに、ぜんぜん変わってない。輝いたと思ったのに・・・、ぜ~んぜん」
そう言って、情けない表情で顔を上げました。
その表情の面白いことと言ったら。
神さまは大笑いです。
「神さま、もうわかったよ。わかったからそんなに笑わないでくれ」
「ごめんなさい」必死で笑いを止めようとする神さまです。
「せっかくあの世に行ったのにね」
「ホントだ。オレ、なんだか完全に勘違いしちゃったよ。ビジネスで成功したり、お金持ちになったり、有名になって人に羨ましがられるような人生、それが成功だと思ってしまった」
「それはそれで素敵よ。そんな思いがあるからこそ、たくさん行動もしたんだから。とても楽しかったわよ」
「たくさんの人を幸せにした、と思っていたけど、それも勘違いだ。人のせいにばかりしていた」
「でもそのおかげで、愛を見つけたり愛を深めた人もいたわ。それもとても楽しかった。金丸さんは素敵な素敵な悪役をやってくれたわ」
「悪役かあ」
金丸さんは、フウと大きくため息をつくと上を向きました。
「悪役ねえ。そんなつもりはなかったんだけどなあ。オレは主役だと思っていたんだけどな」
と独り言のようにそう言うと、大きく息を吸い込みながら、ぐうっと背伸びをしました。そして手を下げながら大きく息を吐きだしました。そしてまた、大きく息を吸い込みながら両手を思いっきり広げました。そして、目をつむり、大きく大きく、深く深く、呼吸を繰り返しました。
金丸さんはこの世界の愛を感じているようです。
「なんて気持ちいいんだ」
金丸さんの輝きが増していきました。
金丸さんは目を開けてゆっくりと周りを見回すと、
「ふう、ここはやっぱり気持ちいいなあ。愛でいっぱいだ。本当はオレ、少しでもこれに近づけたかったんだよなあ。それなのに、フフ、真逆のことをしちゃったってことだあ」そう言って、ゆっくりと神さまに向き直りました。
「神さま、これも経験だ。これから、何度も人間やって実力をつけていくよ。その時は本当に輝いて戻って来るさ」
穏やかな表情でそう言いました。
「今回はこれでよしとして、ゆっくり休む。こう見えても疲れてんだよ」
「人のエネルギー奪いすぎちゃったからね」
「神さま、それは言いっこなしだよ」と金丸さんは苦笑いです。
そして、「それじゃあ神さま、また退屈するまでな」 と手を振りました。
「はい、ゆっくりしててね」
金丸さんはちょっと僕を振り返り、小さく笑顔を見せると、パーっと輝いて見えなくなりました。


神さまは僕の方に振り向き、「ネッ、もったいない人だったでしょ」とまだちょっと笑いを残して言いました。
「神さまが笑ってばかりで面白かったです」
「だって、あんなに『輝いた輝いた』って自慢するんだもん」
「僕も結構輝いているなって思いましたけど、最初からだったんですね」
「そうなのよ。大成功の人生だって勘違いしちゃって。だから輝いたんだって勘違いしちゃって。ネッ、フフ」
「ビジネスで大成功したわけだし、成功しなかったわけではないですよね」
「そうそう、ビジネスで成功させたことは素敵よ。でもそれと人生の成功とはまるで関係ないわ。まあ、そもそもで言うと、失敗の人生ってないしね。だから、ただ『金丸さん、それでは輝かないわよ、何を自慢しているのかしら』って感じよ」
「輝きが増すのは、愛が深まった時ですもんね」
「そういうことそういうこと」
「じゃあ、人生の成功って愛が深まって、輝きが増すことですか?」
「それはとっても素敵ね。とてもうれしいわ」
そうかそうか、やっぱりそうなんだ、愛なんだ、と僕は思いました。
すると神さまは独り言のように、
「でも、愛が深いことがいいことだと思っちゃうと、逆に深まらないことが多いのよね」と言いました。
えっ? どういうこと? と思った僕に神さまは、
「愛が深まって輝いてくれるのは、とってもとっても素敵よ。でも愛って自然に深まるものだから。ネッ!」となんだか諭すように言いました。
「とにかく私がうれしいのは感情の体験なの。感情の体験をしてくれるだけで立派な成功よ」
「感情の体験をするだけで成功ですか」
「そう、さらに言うと、その体験が経験になって、優しさや思いやりが深まって、エンマくんが言うように愛が深まると大成功!って感じね」
「なるほどなるほど。いいですね大成功だ!」
「金丸さんなんか、いっぱい行動してくれて、感情の体験のチャンスはたくさんあったわ。それこそ大成功するチャンスがあったのに、もったいないことしちゃったわよね」
「金丸さんもやっぱりネガティブ感情は怖かったのかなあ?」
「そうよ、愛のレベルによらずみんなそう。だからみんないろいろな方法で避けようとするの」
「そうなんですね、やっぱりみんなそうなんですね」」
「そう、みんな、勘違いしちゃうのよ。ネガティブ感情は悪いものだって」
「僕もやっぱりいいものだとは思えないです」
「ネガティブ感情はあの世でしか味わえない素敵な体験よ」
「あの世でしか味わえないのはわかります。でも、素敵と言われると、ちょっと」
「ネガティブ感情にちゃんと向き合って 経験にすると、優しさや思いやりになるのよ」
「悲しみを経験すると人に優しくなるということですよね。でも、自己嫌悪に陥ったり、人を妬んだり、腹を立てたり、そんなネガティブ感情は、いくらなんでも優しさや思いやりにはならないですよね」
「そう思うでしょ。でも、なるのよね」
「そうなんですか?」
「そう。そんなネガティブ感情にもちゃんと向き合って、自分の愛の足りなさを認めることができて、許すことができたら、愛が深まるの。輝くのよ。当然優しさや思いやりは深まるわ」
「へえ、そういうもんですか」
「そう」と神さまは大きく頷きました。
「でも、ネガティブ感情に向き合う、というのが難しいのよね。みんなそれが怖くていろいろな方法で避けちゃう」
「金丸さんはポジティブ思考を使っちゃったんですね」
「そう、それに人のせいにしてね」
「僕も矢沢君のせいにしちゃった」
「フフ」
「でも、ポジティブ思考っていいことなんですよね」
「そう、いいことよ。でも、金丸さんは勘違いしちゃったわ。ネガティブ感情にならないようにすることが、ポジティブ思考なんだって」
「僕もポジティブ思考ってそういうことかなって思っちゃいますけど」
「フフ、勘違いしちゃう人って多いの。ポジティブ思考というのはね」
「ハイ」
「例えば、何かでネガティブ感情が湧いたときにね」
「ハイ」
「その感情を自分のこととして、しっかり向き合うの」
「ハイ」
「すると、やっぱりネガティブ感情ってヤダなあってなるわよね」
「そりゃあ、そうなりますよね」
「それじゃあどうしようかなあって考える。それがポジティブ思考」
「何か前向きのことを考えるということですね」
「そうそう、前向きのことを考えるの」
そして、神さまは人差し指を立てると、
「大事なのは、ネガティブ感情にちゃんと向き合って、ヤダなあってなった後、ここがポイントね」と念を押しました。
「なるほど。そこが大切なポイントなんですね」
神さまは大きくうなずくと「そう大切なポイント」と繰り返しました。
「そして、そうやって、ちゃんとポジティブ思考ができたとするでしょ」
「ハイ」
「それが実際に行動になると、また感情が生まれるわ。行動は感情を生んでくれるからね」
「行動すると感情が生まれるんですね」
「そう、みんな、感情の経験がしたくてあの世に行っているでしょ。私もみんなの感情の経験が一番楽しみだしね。だから、行動してくれると嬉しいの。今度はどんな感情が生まれるんだろう?って」
僕は、なるほどと、うなずきました。
「それにね、ネガティブ感情にちゃんと向き合った後の行動がポジティブ感情を生んだとしたら」
「生んだとしたら?」
「それって愛が深まったからなの」
「愛が深まったからポジティブ感情が生まれたんですか?」
「そう。エンマくんも、エルちゃんを川底に沈めて自己嫌悪に陥った時に、ポジティブ思考で小さな命も大事にしようって思ったでしょ」
「ポジティブ思考というか・・・ハイ」
「そして、行動が変わったでしょ」
「行動・・・ですか? 例えば部屋に迷い込んだカメムシも傷つけないように、そっと捕まえて外に逃がすようになった、というようなことですか?」
「そうそう、そしてその時『僕ってえらい』って、ちょっといい気持にならなかった?」
「へへ、そうだったかな」 僕は頭を掻きました。
「あのネガティブ感情の経験で、ポジティブ思考をしてくれたからエンマくん輝いたのよ」
へえ、ポジティブ思考ねえ。
でも、あの時小さな命も大切にしようって思ったのは、ポジティブ思考というか、ただただ反省するしかなかったので。
「反省もポジティブ思考のうちよ。エンマくん、自分が悪いことしたって反省して、自己嫌悪に陥る感情にしっかり向き合ってくれたじゃない。だからこそ、こんな思いはもうヤダって思えたのよね」
僕は何となく頷くと、当時の僕に気持ちを寄せました。
あの時は、カエルだったエルちゃんにとんでもないをことして、本当に後悔しました。
野外活動が終わった後の授業中も、家への帰り道も、家に帰ってからも、僕はずっとそのことを後悔していました。
矢沢君にイヤだということができなかった自分が、情けなくて仕方がなかった。
弱い自分に嫌気がさしました。
時間を巻き戻して、矢沢君の誘いを断るところからもう一度やり直したい、何度も何度もそんな思いを繰り返していました。
こんなネガティブな感情になってしまったのは、僕の勇気のなさが最大の原因です。
だから、本当に前向きに考えるなら、イヤだと言う勇気を持とう、ということだったと思います。
でも、それはできなかった。
きっとそれは、勇気を持つ自信がなかったからだと思います。
僕が小さな命を大切にしようと思ったのは、もしかしたらそんな勇気を持つべきだという気持ちから逃げたのかもしれません。できそうなことに逃げたのかもしれません。
そんなことを考えていると、神さまが
「いいのよそれで」と優しく言いました。
「前向きに考えるというのは、だいそれたことではなくていいの。ちょっとしたことでいいの。できそうなことでいいのよ。前向きに考えられたエンマくん、素敵だわ」
いやいやいや、僕は照れました。
「本当よ! 本当にそうよ」
そして神さまは続けて言いました。
「そんなふうに、前向きに考えられたのもエンマくんがあの時、矢沢君のせいにしなかったからよね」
確かにあの時は矢沢君のせいにはしませんでした。なぜだろう? 矢沢君にそそのかされたとはいえ、僕のやったことが、あまりにもひどいことだったからかなあ。
でもでも、矢沢君のいじめのせいで自信を無くした僕は、人の目を気にしたり、人と比較したりして、しょっちゅう自己嫌悪に陥っていました。そんな時は決まって「矢沢君さえいなければ、こんな僕にならなかった」と、何度も何度も矢沢君のせいにしていました。
そんなネガティブ感情になっている時に、前向きなことなんて、いくら考えたって、何も思いつかないと思います。
すると神様が
「思いつかなかったら『思いつかないや』でいいのよ」
と言いました。
「そうなんですか?」
「自分に湧く感情ってね」
「ハイ」
「全部自分のためにあるの」
「全部・・・、自分のために・・・ですか?」
「そう、だから誰かのせいにし続けて、前向きのことを考えないのはもったいないの」
「でも、明らかに相手が悪い時なんか、とても前向きなんて考えられないですよ」
「そうよね。相手が悪いと思うことは全然いいのよ。ただ、そんな時って、相手が悪い理由を何度も何度も繰り返し考えているでしょ」
「うん、そうかも」
「でしょ。それってもったいないのよ。次に進めないから」
「ハイ」
「そんなふうに誰かのせいにし続けているなって気づいたら『アッ、もったいないかも』と立ち止まってみるの」
「立ち止まる?」
「そう、そして『この感情も僕のために生まれたってことか・・・、前向きに考えるってどういうことなんだろう?』と、ちょっとでもいいので思ってくれればいいのよ」
「それで何も思いつかなくてもいい、ということですか?」
「そう、いいのいいの。そうやってちょっとでも自分のこととして捉えれば、自分の感情に向き合うことができるわ。そうすると、たとえ前向きのことが思いつかなくたって、ネガティブ感情になった、ということも、誰かのせいにしている、ということも、ちゃんと感情の経験になるから。そしてそれは、いずれ愛になるから、ネッ!」
「へえ」
「そして、そうしていると、フッとポジティブな発想が生まれることもよくあるわ」
「へえ、そういうもんですか? そしてそのポジティブ思考が行動につながる、ということですね」
「そう、そしてまた感情が生まれる。ネッ、素敵でしょ」
「へえ、本当はネガティブ感情を怖がることはないってことですね」
「怖がっていいのよ。怖いのがネガティブ感情なんだもん。それは仕方がないわ」
「怖いけどちゃんと向き合わないともったいない、ということですね」
「そうそう、せっかくのチャンスなんだから」
と神さまはうんうんとうなずきました。そして、
「それにね、いくらネガティブ感情を避けていてもね、その感情は何度でもやって来るの」と言いました。
「そうなんですか?」
「そうよ。ネガティブ感情ちゃんが『あー、また避けられちゃったよお』『今度こそ、今度こそ』ってね」
「ハハ、神さま面白い。ネガティブ感情をそんな風に表現するとなんだか可愛いですね」
「フフ、エンマくんも同じ悩みを繰り返していたでしょ?」
「そうです。いつも同じようなことで自己嫌悪に陥っていました」
「感情も含めて無駄なものは何もないの。何度も繰り返す悩みというのは、それだけ大切ってことよね」
「そうなんですか?」
「そう、そしてその悩みは自分自身が経験したかった悩みなのよ」
「へえ」
「だから、何度も繰り返してしまう悩みがあったら、それは大きなチャンスと考えていいの」
「大きなチャンス?」
「そう、愛を見つけたり、愛を深めて輝くためのね」
「へえ」
「大きなチャンスだから、ネガティブ感情ちゃんもあきらめないの。何度でもやってくるのよ。すごいでしょ」
「そうかあ。じゃあ、ネガティブ感情ちゃんは、僕たちを応援しているって感じですね」
「ハハ、エンマくん、面白い面白い。そうよそうよ。ネガティブ感情ちゃんが応援してくれているのよね。フレーフレーって」
「ネガティブ感情ちゃんは味方なんですね」
「そう」
「それなのに、ずっと無視したり、矢沢君が悪いんだからそっちに行ってよ、なんてね。悪いことしちゃった」
「フフ、金丸さんなんか、エンマくんどころじゃなかったわよね。全然相手にしてくれないんだもん。ネガティブ感情ちゃんもすねちゃうよね」
神さまはそう言うと、アッと言う顔をして、「でも、勘違いしないでね」と言いました。
「金丸さんがダメだったというわけじゃないわよ」
「わかります。人の経験には貢献した、ということですね」
「そう、それは本当にうれしいの。それで愛を見つけたり、輝きを増した人もいたから、とっても楽しかったわ。ありがとう金丸さんって感じ」
「そう考えると、どんな人でも何かしらの役に立っているってことですね」
「そう、み~んな愛おしくて愛おしくて、可愛い可愛い子たちだもん」
すると、神さまは「金丸さんてね」と少し笑いを含めて言いました。
「まだまだ人間の経験が少なくて感性が高くないから、人のせいにするとき、人の気持ちがわからずに、ワ~って怒鳴りつけちゃうの」
「そういう人います」
「そんな金丸さんを見て私、またやっちゃっているよって可愛くて。金丸さん絶対勘違いして、この世に戻って来るなあって思うとおかしくておかしくて」
「へえ、神さまはそんな人も、可愛いって思うんですね」
「だって、可愛いんだもん」
僕は、金丸さんの表情を思い出しました。自慢している顔や情けない表情。思わずプッと吹き出してしまいました。
まあ、あの金丸さんのキャラだったら可愛いと思えても仕方がないかなあ。
ふと、僕は勤めていた会社の社長のことを思い出しました。何でもかんでも人のせいにして、周りを怒鳴りつけるということでは金丸さんと一緒です。
その社長は雑誌やテレビでも紹介された有名社長で、僕はあこがれて入社したのですが、中に入ってビックリ。人のせいにするのが抜群にうまくて、怒鳴り散らしてばかり。本当に嫌になっちゃう人です。
いくら神さまでもあの社長のことは、可愛いとは思わないよね。
そんなことを思っていると、神さまが、「その社長、何て名前?」と、少し笑いを含んで聞きました。
「え? 名前ですか? 名前は、えーと、金丸・・・、えっ? えっ!? さっきの金丸さんって・・・」
「そう。フフ、エンマくん全然気づかないんだもん。やっぱりエンマくんって面白いわね」
「いやいやいや、ぜんぜん別人に見えましたよ。金丸社長ってあんな愉快な感じじゃなかったですよ」 僕は混乱しそうな頭を左右に振りました。でも、確かに金丸社長でした、確かに。
「金丸社長は僕のこと気づいていたのかな?」
「気づいていたわよ。笑っていたじゃない」
「ええ? そうでした?」
神さまは楽しそう。

するとまたキラキラっと。
「ただいまー。神さまいるー?」
なんだか、とってもかったるそうな声の女性が帰ってきました。
「わあ、早苗さんじゃない。おかえりなさーい!」
早苗さんと呼ばれた人、結構くすんでいます。
これはまた神さまに笑われるのかな?
「すっごい疲れたー」
早苗さんはグダーっとして、「もう人間はいいわ」
手足を放り投げて、思い切りグダグダの様子です。
そんな様子の早苗さんですが、神さまは拍手をしました。
「早苗さん、ステキステキ! さすが早苗さんね、とっても楽しかったわ」
うれしさ一杯の様子で神さまはそう言いましたが、早苗さんはグダグダのままです。
「神さま、私、相当くすんでいるでしょ?」
「そりゃあ、くすんでいるわよ。最初が最初だもん」
そう言うと、神さまはうんうんと大きくうなずきながら、
「それでも、ちゃんと素敵な光を連れてきてくれるんだもんね。さすがよ、早苗さん。かっこいいわ」と感心しきりです。
「ええ、そう?」
早苗さんはそう言いながらよいしょとゆっくり起き上がると、自分の体を一通り見回しました。
そして、大きく手を振ると「やっぱりダメダメ」と、またグダーとなりました。
「本当よ。本当に素敵な光を連れて帰ってくれているわ。すごいすごい」と神さまは嬉しそうに拍手します。
「いいのいいの、神さま。ありがとう」
早苗さんはそう言うと、あきらめたように、フワーッと大きなあくびをして、周りをゆっくり見渡しました。
そして大きく腕を広げると、深呼吸をしました。
「ああ、やっぱり、ここは愛がいっぱいだわ。幸せえ。これでなくっちゃ! 久しぶりの幸せだあ」そう言うと、どんどん輝きが増していきました。
そして神さまに向き直りました。
「神さま、また退屈するのはわかっているんだけど、今回は疲れすぎちゃった。しば~らくここにいるわね」
「わかったわ、いつもありがとうね。ゆっくり休んで! そうは言っても早苗さんのことだからまたチャレンジするんでしょうけどね」
早苗さんはニコッとしました。
「うん、きっとね。その時はちゃんと輝いて、神さまをもっと楽しませてあげるわ。でもいつになるかわからないわよ」
「ありがとう。とにかく今はゆっくり充電してね」
「はーい!」
早苗さんは、僕をちらっと見て小さく微笑むと、パーっと輝きを増して見えなくなりました。

神さまは早苗さんが見えなくなったほうを見たまま、
「さすが早苗さんだわ」と感心しています。
そして、僕の方に振り向くと満点の笑顔です。
「すごいでしょ、早苗さん」
僕には早苗さんのすごさがよくわかりませんでした。
「とっても素敵な光を連れて帰ってきてくれていたでしょ」
「僕にはわかりませんでした」
「フフ、とっても素敵な光よ」
「その素敵な光ってどうしたんですか?」
「早苗さんがあの世から持って帰ってきてくれたの。あの世で輝きを増してくれた光よ」
「愛を深めて輝きを増した光、ということですか?」
「そういうことそういうこと」
「僕には、ただくすんでいるように見えました」
「ここの光に慣れてくると、エンマくんもわかるわ」
僕は周りの光を眺めました。相変わらずきれいな輝きです。
「あの世では、自分で愛を深めて輝きを増すことができるでしょ」
「はい」
「みんながあの世で増してくれた光ってね、とってもきれいなの」
「ここの光よりもきれいってことですか?」
「そう、その光がここの光と一緒になってくれるんだもん。なんだかとっても得した気分よ」と神さまは嬉しそう。
僕は周りのきれいな光をつくづくと眺めました。
「早苗さんは、あの世でしっかりと感情を体験して輝きを増したということなんですね」
「そうなの。早苗さん、かなりレベルを下げていたから、出会ったネガティブ感情はとっても怖かったの。もちろん怖くて怖くて避けてしまった感情の方が圧倒的に多いわ。それでも勇気をもって向き合ってくれた感情があるから、輝きが増したのよ。すごいわ、早苗さん」
「なんか早苗さん、かっこいいですね」
「でしょ、かっこいいのよ、早苗さん。でも早苗さんだけじゃないわよ。チャレンジャーってみんなかっこいいんだから」
そう言うと神さまは僕を見て、
「エンマくんもかっこよかったわよ」と嬉しそうに言いました。
「いえいえ」僕は手を横に振ります。
「僕は、感情を避けてばかりでしたから、カッコよくないです」
「エルちゃんの時だって、ちゃんと向き合ってくれたじゃない。それにチャレンジする、というだけでもかっこいいわよ」
いえいえ、僕は首を横に振りました。
「僕はネガティブ感情に向き合うのが本当に怖かったんだと思います。向き合っちゃうと、もっともっと自分が嫌いになって、耐えられないんじゃないかって」
すると、神さまは上の方を向いて、「そうそうそう、そうなのよねえ。耐えられないんじゃないかって思っちゃうのよねえ」とつぶやくと、僕に振り返り、「でも本当はね」と続けました。
「でも本当はね」
「ハイ」
「どんなネガティブ感情が来たって、耐えられるようになっているの」
「えっ? でも、本当に怖いですよ。もう耐えられないんじゃないかって怖くて仕方がないときもありました」
「そうよね。でも耐えられたでしょ」
「耐えられたけど、もうギリギリです。だから怖いんです。今度は耐えられないんじゃないかって」
「フフ、そう思っちゃうよね。でも大丈夫なのよ、本当は」
「そうなんですか?」
「そう。だって、自分で愛のレベルを下げたのよ」
「そりゃあそうですけど」
「愛のレベルは自分の実力の分しか下げることはできないの。だからネガティブ感情も自分の実力の範囲でしか来ないってことよ」
「でもでも、無茶しちゃったってこともあるんじゃあ」
「フフ、ないのないの。だって、ここではみんな愛そのものの存在よ。あの世にいるときのように、自分を過大評価したり過小評価することはないの。勘違いすることはないのよ」
「そうなんですか?」
「そう。早苗さんがあんなに愛のレベルを下げることができて、大きな悩みの体験ができたのも、彼女にそれだけの実力があったからなの」
「へえ」
「いままで何度もあの世に行って、失敗もたくさんして、それらが経験となって、実力をつけてきたからなのよ。その実力が勇気にもなったからチャレンジができるのよ」
へえ・・・、
僕は加奈さんのことが頭をよぎりました。
「じゃあ、チャレンジする人ってみんな勇気のある実力者ってことですか?」
「そう、みんなそうよ」
僕はちょっとうれしい気持ちになりました。
今度はエルさんのことが頭をよぎりました。
「じゃあ、チャレンジしない人はまだ実力が足りていない人ってことになりますか?」
「ううん、それはそうとも限らないわ。経験を積んだ実力者が『今回はチャレンジャーを応援したい』といって愛のレベルをそんなに下げないこともあるからね」
「へえ」僕はホッとしたような、うれしい気持ちになりました。
「なんか、神さまからすると、チャレンジャーの人の方が主役って感じですか?」
「あの世に行く人はみんな愛のレベルを下げているでしょ。だから、悩みのない人なんていないの。だから、みんなが主役よ。その中でもチャレンジャーはとっても難しいことに挑戦しているからかっこいいってことね」
神さまは、ニコッとしました。
「そして、チャレンジャーには、いっぱい愛のエネルギーが必要でしょ。だから応援してくれる人が必要なの。だから、そんな人もかっこいいのよ」
「ハハ、神さまからすると、みんなかっこいいんですね」
「そういうことそういうこと」

すると周りがまたキラキラッ! とても明るい煌めきです。
「アッ、戻って来た戻って来た。今度は聡君だわ。かっこいい聡君よ」
きらめきとともに現れたのは一人の男性です。
ピッカピカに輝いています。
すごいなあ、こんなに輝いて帰ってくる人もいるんだ。
「聡君、おかえりなさい」
聡君と呼ばれた男性はつむっていた目をゆっくりと開けると周りを見渡して、
「えっと、アッ! 神さまだ。僕、戻ってきたんですね」
と明るい笑顔で言いました。
「おかえりなさい、聡君。愛のエネルギーをたくさん送ってくれてありがとうね」
「ただいま。ちゃんとエネルギーを届けられたかなあ」
「いっぱいいっぱい届いていたわよ」
アッ!! 僕はビックリです。
聡さんって、あのミュージシャンの北川聡さんじゃないですか!
人の心に刺さる曲をたくさん作って、多くの人の心のよりどころになった人です。
ピッカピカに輝いているはずです。
僕は勇気を出して聞きました。
「北川聡さんですよね?」
聡さんは僕を見るなり
「アッ、アーッ!!!」 と飛び上がるくらい驚きました。
えっえっ? 僕のほうが驚きです。
「き、君、あの時のあの時の!」
聡さんは興奮気味にそこまで言うと、神さまの方を向き
「そうですよね。あの時の?」と、聞きました。
「そう。エンマくんって言うの」と、神さま。
「エンマさんっていうんだ」
聡さんは向き直ると僕の手を両手で強く握って
「エンマさん、僕、あなたに会いたかったんだ。会えてよかった。よかったー!」
と言うと感極まったようにぎゅうっと抱きついてきました。
何のことかわからない僕は、ただただ面食らうばかり。
「さ、聡さん、人違いです人違いです。僕、聡さんの歌はよく聞いていましたけど、知り合いではないですもん」
聡さんは抱きついた腕をゆっくり戻すと、
「エンマさん、僕たちのデビュー前の路上ライブに来てくれたことがありますよね?」
と聞きました。
「あ、あります」
そうなんです。僕、聡さんたちがデビューする前の路上ライブを一度だけ、しかも一曲だけ聞いたことがありました。
たまたま通りがかりで、いい曲だなあって、立ち止まったのです。
「本当はあの路上ライブを最後に、僕たち解散することにしていたんです。あの時も観客少なくて、メジャーデビューなんて夢の夢。それで、もう今回を最後にしようって」
「そうだったんですか」
「でもほんとに最後の最後の曲の時、エンマさんが立ち止まって聞いてくれて。それでエンマさん、なんと涙をボロボロ流してくれたんです。覚えていますか?」
はっきりと覚えています。あの日も矢沢君にいじめられました。服を絵具で汚されてしまったのです。それでも何も言えない僕。このまま家に帰ると親が心配するので、汚れを落とすためのものを探すため、ホームセンターに向かっていたのです。本当に自分が情けなくって、どこを歩いているのかもよくわからない感じでした。
そんな状態だったからだと思うのですが、たまたま出会った聡さんたちの歌が心に刺さりまくってしまって、涙が出て出て仕方がなかったのを覚えています。
「そうですよね。あんなにボロボロ泣いちゃって。本当に衝撃的だった。僕たち、人の心に刺さる曲は作れないってあきらめていたから。そんなエンマさんを見て僕たちも泣けてきちゃって・・・。もう少し頑張ろうってなったんです。僕たち、反省したんです。本当に本気になっていなかったんじゃないかって。もっと人の心に届く曲、もっと人の心に寄り添った曲を本気になって作ろうって。
あれから僕たちの曲が変わったんですよ。そうしたらあれよあれよという間にデビューになって。本当にあの時エンマさんが来てくれたからこそなんです!」
「そんなことって」
僕はあまりに意外すぎる展開に唖然とするばかり。
「あの時もお礼が言いたかったけど、あっと言う間にいなくなっちゃって。まさか、ここで会えるとは。エンマさん、ありがとう! 本当にありがとう!」
とまた僕の手を両手で強く握りました。
横で聞いていた神さま、
「いい縁だったわね、聡君」
「ハイ!」
「エンマくんも素敵なエネルギーを送れたわね」
自覚のない僕は、ただただ首を小さく横に振るしかありません。
聡さんはもう一度僕にお礼を言うと、周りを見渡しました。
「それにしても・・・やっぱりこの世界は気持ちいいですね。愛がいっぱいで!」
「フフ、いっぱい頑張ったからゆっくり休んでね」
聡さんはもう一度周りを見渡すと
「神さま?」
「なあに?」
「僕、輝いていますか?」
「そりゃあもうピッカピカよ」
「あの世に行く前より?」
「輝きが増したかっていうこと? そうねえ・・・、うん、増したわ」
神さまはそう言いましたが、聡さんはすっきりしない表情です。
「やっぱり微妙ですよね。レベル高くしすぎちゃったからな。なかなかむずかしいですね」
「でもたくさんたくさんエネルギーを送ってくれたじゃない。すごすぎる活躍だったわよ」
聡さんは神さまにニコッとすると、上を向きました。そして、目をつむり、この世界の愛のエネルギーを体中に巡らせるかのように、両手を広げて大きく大きく深呼吸をしました。
何度か深呼吸を繰り返した聡さんは、ゆっくりと目を開け、神さまに向き直りました。
「神さま、僕、今からまたあの世に行きます!」
「え、今から? 帰って来たばかりなのに?」
「はい、すぐ行きたい。今度はちゃんと悩みも経験したい!」
「レベルを下げて行くってこと?」
「ハイ、そうします! 愛のレベルはそう・・・・、ウン、こんな感じで」
聡さんの輝きがくすんできました、加奈さんと同じくらい。
「ほお、くすませたわねえ、チャレンジするのね」
「はい、チャレンジします。今度はしっかり悩んできます。悩んでもがいて、そして輝いてみせます!!」
「わかったわ。楽しみにしてるわね」
聡さんは大きく頷くと、僕を見ました。
「エンマさんも神さまのお手伝い頑張ってくださいね」
「あ、はい・・」お手伝いではないんですけど。
「じゃあ、行ってきます!」
「いってらっしゃい」

キラキラっときらめきとともに聡さんは姿を消しました。

驚きました。僕があの北川聡さんに影響を与えていたなんて。
「エネルギーの行き交いって面白いでしょ?」
呆然とする僕に神さまはそう言いました。
「もう本当にビックリです。加奈さんのときもそうですけど、僕たちって自分の知らないところで、いろいろ影響しあっているんですね」
「そういうこと。だからどんな人も、みんな一人ひとりが本当にかけがえのない存在なの」
「ほんとですね」
「矢沢君だって大活躍だったわね」
「矢沢君が?」
「矢沢君がエンマくんをいじめなかったら、エンマくん、あんなにボロボロ泣かなかったもんね」
「そりゃあそうですけど」
矢沢君のおかげとは思いたくない僕でした。
それにしても、聡さん、こんなに幸せなところに来たのに、すぐにあの世に行くなんて信じられない思いです。
「よくあるんですか? こんなこと」
「いろいろだけど、こんなにすぐ行く人って珍しいわ。よほど悔しかったのね、輝けなかったことが。というか本当は少し輝きを増しているんだけど、自分じゃなかなかわからないから」
「聡さん、あの世に行ってまたミュージシャンになるのかなあ」
「どうかしら。もし始めたらまだ感覚を覚えているから、絶対に天才キッズって言われるわよね。それも面白そう」
「それって、前回の感覚がまだ残っているっていうことですか?」
「そう、戻ってすぐに行くと前回の感覚が残っていることが多いのよ。天才キッズと言われる人たちは大抵そんな感じね」
「じゃあ、今度も確実に大スターだ。またまた最高の人生だ」
僕は多くの人に愛を届けている聡さんをイメージして思わず微笑みました。
「でもなかなかそうはいかないのよ。だって、今回は愛のレベルを相当下げたでしょ。いろいろな人とぶつかるわ。自分ともね」
「そうか、そうですよね。簡単じゃないですね」
「それにせっかくすごい素質を持っているのに、歌を始めないかもしれない」
「例えば親に反対されるとか?」
「そうかもね」
「もったいないなあ、親を恨んじゃうよなあ」
「病気して声が出なくなるってこともあるかもよ」
「ヒャー、それはつらいや」
「いいのいいの。だって今回の目的は悩むことなんだから」
「僕にはとても耐えられないや」
「でも、聡君、感性も高いし、あんなに悔しがって行ったから、本当にピッカピカに輝いて戻って来るかもね」
「うん、絶対そうだと思います。僕、絶対に応援する!」

僕の応援したい人が、また一人増えました。

 

 

第3章の世界観と眺めるヒント

第3章の世界観はこんな感じでした

■ 神さまが楽しみにしているのは、私たちの感情の体験
■ 一人ひとりみんな違う感情の体験をしているからこそ、みんなが掛け替えがない
■ 人生の成功はお金持ちになることでも、友達をたくさん作ることでもない
■ 感情の体験をするだけで成功。だから失敗の人生なんてない
■ 愛が深まると大成功
■ ネガティブ感情は愛を深めるチャンス
■ 私たちは、ネガティブ感情をいろいろな方法で感じないようにしている
■ ポジティブ思考はネガティブ感情を抑え込むものではない
■ 前向きのことを考えてみることがポジティブ思考
■ 反省もポジティブ思考の一つ
■ 自分に湧く感情は、すべて自分のためにある
■ だから誰かのせいにして、前向きのことを考えないのはもったいない
■ ネガティブ感情は、いくら避けても何度でもやって来る
■ 何度も繰り返す悩みは、それだけ大切なこと
■ それは自分が経験したかった悩み。大きく輝くことができる大チャンス
■ 耐えられないネガティブ感情はない
■ 大きな悩みがあるのは、それだけ実力があるから
■ チャレンジする人はみんな勇気のある実力者
■ チャレンジャーはとっても難しいことに挑戦しているからかっこいい
■ 応援者も絶対必要。みんなかっこいい
■ 自分でも気づかないところでいろいろな影響をしあっている
■ 人に影響を与えない人はいない
■ 私たちはみんな、意識もしないまま、主役だったり、応援者だったり、   
  悪役をやっている。すべての役割が掛け替えのない大切なもの

第3章の世界観はこんな感じですね。
ちょっとたくさんになってしまいました。
この世界観で眺めるとしたら
例えば・・・

★明るくて人気者のクラスメートと比べてしまって劣等感を感じたとき

「私はこういうことで劣等感を感じてしまうのよね。愛のレベルを下げているからよね。エンマ様的に言うと」

「劣等感を感じているこの気持ちにちゃんと向き合って、なにか前向きなことを考えればいいのね」

「何も思いつかないわよ。それでもいいのね。向き合おうと思っただけでもね。そいうことでしょ?エンマくん」

「彼女は彼女だからこその感情を経験しているのよね、きっと。私は私の感情を大切にしよっと」

「また、同じことで劣等感を感じているわ。この劣等感を私は体験したかったってことね。そしてこれが私の愛を深めるチャンスってことね。」

 

★変なやつと思われるのが怖くて、自分の意見が言えないことに嫌気がさした時

「こういうことで自分に嫌気がさすのが私ね。愛のレベルを下げているからね。なんてったってチャレンジャーですから私って」

「一人ひとりみんな違うから、みんな掛け替えがないのよね。だから私はわたしでいいってことね。それでも今の私は人目がやっぱり怖いの。それはわかってね、エンマくん」

 

★嫌がらせを受けて腹が立った時

「もう腹が立つ。とんでもないヤツ! でもこの感情もエンマ様的に言うと私のためにあるってこと? 愛を深めるために? うーん、前向きなことねえ。ダメ、思いつかないわ」

 

きりがないので、この辺にしておきます。

何度も繰り返しになりますが、とにかく眺め方は自由です。「これで合っているかなあ」なんて心配することは全くありませんからね。

ゆる~く、楽しみながら眺めてみましょう。